2010年10月05日
Presence Of The Lord
人生に王道があるのかどうかはわからないけど、
大人であることには王道があるんじゃないか?
もう何年もの間、少年犯罪の凶悪化が叫ばれ、教育のあり方が議論されているけど、
世の中何も変わっていないような、
却って益々だらしない社会に変わってきているような気がする。
ここ最近、連日のように新聞で取り沙汰されている若年層の性犯罪、
十代の少年達が女子中学生に飲酒を強要し集団で暴行を働いた結果、
被害者の女子中学生が被害の翌日に自殺したと言う痛ましい事件。
逃亡していた共犯者、いづれも十代、が次々に逮捕され、
本日の新聞では、窃盗容疑で逮捕された少年が、
集団暴行事件の最後の共犯者だったと報道されている。
仲間が皆逮捕され、これだけ大きな問題となっている中、
罪を犯し続け逃亡していた十代の少年が存在することに、
あらためて驚きを感じる。
昔から「子は親の鏡」と言うけれど、現代社会の子供達の姿は、
まさしく大人の鏡なんだろうと思ってしまう。
だらしのない大人の存在、「大人はちゃんとしている」と、
きっぱり言い切ることのできない世の風潮。
私の少年時代は、どんなに大人をバカにしたような発言をしたとしても、
大人は大人として認めていた。
「こんなことを大人がするはがずない」
「こんな大人がいるはずがない」と、
どこかで大人を信じていた。
変な大人の話は、飽くまでも噂であって事実ではない、
事実だとしてもごくごく稀なケースであると信じていた。
当時と現代では、情報量も情報の入手手段も絶対的に異なると言う環境の差もあるが、
自由世界と言う名の下、
無差別にあらゆる情報を子供達に垂れ流す社会を築き上げてしまった、
だらしない大人が存在するからに他ならない。
援助交際の問題も、買う大人の存在は勿論であるが、
犯罪用語の「売春」を、ボランティア的イメージの「援交」として、
ワイドショー的に浸透させたマスコミの罪も大きい。
日本国の正義の最後の砦と思われていた最高検察庁が人を貶める行為をする。
俄かに、政治の表舞台に躍り出て、一国の首相となったかもしれない人物の、
限りなく黒に近いグレー判断。本
日の新聞、何だか憂鬱に、色々なことを考えてしまう記事しか見当たらない。
いったい何が本当なんだろう?
今の時代、「有り得ない」と言えるものがあるのだろうか?
なぜか、世界同時テロ911から、世界中の事実に不信感を抱いている自分を再認識してしまった。
本日、日銀は事実上のゼロ金利政策を発表した。
バブル景気、バブル崩壊、失われた10年、リーマンショック、
経済を重視せざるを得ないこの環境も、本当の事実なのか?
人生に王道があるのかどうかはわからないけど、大人であることには王道があるんじゃないか?
Presence Of The Lord Eric Clapton & Steve Winwood
Posted by takichi at 23:16│Comments(0)
│UK