「彼のマーキング病も解決しない!」
かなり高い水準の技術を持つ職人さんがいた。
年齢は60歳、体力的に、現役で現場を預かることはできない。
仕方なく、その技術力を活かし、技術を習得しようとしている若者の育成業務に従事することになった。
技術学校の師範として、新たな人生を踏み出したのだが、集まってくる生徒の質の悪さに辟易していた。
これまで、一流の職人として、物づくりにとことん拘り、
完成するまで何一つ妥協を許さない仕事振りだった。
職人としての矜持が、これまでの彼を支えてきたと言える。
ところが、現代の若者達にとっては、ただの口うるさい頑固ジジイでしかなかった。
腕一本で生きてきたから、口下手で自分をうまく表現できない性格もある。
昔気質の職人さんだから、短気で怒りっぽいところもある。
だから、現代の若者とはうまくコミュニケーションが取れていないのかもしれない。
誰よりもこの技術を愛し、誰よりも物づくりに情熱を燃やしてきただけに、
この手さばきと動作を見せるだけで、若者の育成に役立つものと思っていた。
現実は、若者はもとより、同じ職場仲間からも敬遠され、疎ましい存在となっていた。
勝気な彼は、「上等じゃねーか!」と開き直り、孤立する自分を肯定し始めた。
若者とも師範仲間ともコミュニケーションを絶った孤立無援な元職人。
ある日、久しぶりに古い友人と酒を酌み交わすことになった。
職人の口からは不平不満、愚痴しか出てこない。
「オレの若い頃は、どんなに怒鳴られようが親方に張り付いて、技術を盗んだもんだ」
「オレは今だって現役の職人に勝てるだけの腕はある」
「オレは今の職場にいるような人間じゃねーんだ」
「クズばかり集まりやがって、やってらんねーよ」
久しぶりの飲み会も、老職人の暗く沈んだ話題で、どんよりとした空気が漂っていた。
静かに愚痴を聞いていた旧友も、酒が不味くなるにつれ黙っていられなくなった。
「体力面で現役を引退したんだから、今更現役に拘るこたーねーだろう」
「なにー!」
「師範なんだから、物づくりに拘るんじゃなくて、人づくりに精を出しゃーいいじゃねーか」
「なんだとー!」
「どうしようもない周りを愚痴るより、その中で自分に何ができるかを試したらいいんじゃねーのか?」
「この野郎、わかった風な物言いすんじゃねーよ!」
「問題があってよ、それに関わる人、物、金、時間や環境自体に文句言ったって、動きゃーしねーよ。そ
の環境の原因を全部自分に振り向けりゃ、自分が動くことで解決に向かうかもしんねーじゃねーか」
「ふざけたことぬかしてんじゃねーよ、オレに説教たれようってのか!」
老職人は、星一徹のようにテーブルをひっくり返し、その場を立ち去った。
旧友は、静かにテーブルを直し、そこかしこにちらばった酒の肴を片付け、
壁にもたれかかり、泡盛をグイと一気に飲み干した。
「あいつの問題が解決しない理由は何なんだ?あいつ自身にあると思うんだがな~」
ため息をつきながら一人呟いてみた。
あいつとは勿論「him」!
実在の人物をイメージしたフィクション、ふとそんなことを考えた平成22年2月22日だったのだ。
http://www.youtube.com/watch?v=ahdqUQUjO2g&feature=related